Netflix「ワイルドワイルドカントリー」を観た

Netflixオリジナルドキュメンタリー「ワイルドワイルドカントリー」を観た。人から薦められたということは一切なく、Netflixで「自然」の映像を探していたところ、たまたま目にとまったという偶然だった。

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「あるカルト宗教の興隆・没落を記録したドキュメンタリー」と聞けば、多くの視聴者は「カルト宗教に入信しない、一般市民」の側に自身を自然と位置づけるだろう。しかし、ワイルドワイルドカントリーは、どちらかといえば、カルト宗教内部にいた人たちへのインタビューに、多くの時間がかけられており、市民側前提で観ようとしていた私は最初戸惑った。カルト宗教の導師であるバグワンが、アメリカのオレゴンへ行く前、インドにいた頃から話は始まるのだが、その頃のバグワンのコミューン(アシュラム=道場と呼ばれていたそうだ)には、とても活気があり、クリエイティブな活動も活発だったようだ。そこに住む人々は幸せそうだった。やや奇妙な教え(性に対して開放的なこと)もありはしたが、全体的にみて、この宗教がものすごく狂っているとは思えなかった。

そのように思えたのは、この作品の演出によるものなのかもしれない。しかし私が「この人たちはまともな人たちだ」と思えたのには、カルト宗教内部の人としてインタビューに答える人たち、とくにシーラという、一時期教団の実質トップだった女性の話し方などから、聡明さや強さといったことを感じたことも大きい。作品全編を通して、「今現在の」シーラへのインタビュー映像が多く使われる。彼女は過去に教団の内部の人間として、数々の犯罪行為を主導したその人だ。そのような人にも関わらず(いや、そのような人だからなのか)、過去を話す口調に迷いがなく、力強い。

罪を犯した。これは良くないことだ。しかしその行動に至るさまざまな状況で、教団側は常に悪だったのだろうか。教団と一般市民との間に摩擦要素があることは仕方ないことだが、どちらか一方のみを悪と決めつけて良いことではないと思う。もし私がこの市の住民なら、または、教団側の人間なら、どのように考え行動するだろうか。

 

観て笑って楽しむような作品ではないのだけれど、いろいろなシチュエーションにおかれた人から何かを感じとりたい方にはお薦めかと思う。そして是非最後まで観て頂きたい。